入学式の様子(全体)

令和3年4月5日、水野講堂において令和3年度鹿屋体育大学入学式を挙行しました。

本年度は、体育学部182名(スポーツ総合課程130名、武道課程52名)、同第3年次編入学19名(スポーツ総合課程19名)、大学院体育学研究科29名(体育学専攻修士課程18名、同博士後期課程7名、スポーツ国際開発学共同専攻修士課程2名、大学体育スポーツ高度化共同専攻後期3年の課程のみの博士課程2名)の計230名が入学。新型コロナウイルス感染症感染拡大防止のため、規模を縮小し、マスク着用や検温、消毒など対策を徹底して行われました。

式では、松下雅雄学長が「大学における学びは、ただ知識を習得するだけでなく、自分の考え方を創るところです。これからの社会においては、知識を手に入れるだけでなく、自分の考えを持つこと、人の意見をしっかりと聞けること、そして、自分の考えを伝えられることが必要になります。加えて、リーダーには、専門的知識と能力だけでなく、教養とマナーのある行動力が求められます。そのためにも教員や友人との対話・交流を大事にしてください」と告辞を述べました。

続いて、体育学部武道課程に入学した宮城昭奈さんが「先生方のご指導を仰ぎながら、先輩や同期の学生と切磋琢磨し、豊かな人格の形成をめざします。私たち入学生一同は、学則及び関係規則を遵守するとともに、本学創設の理念にのっとり、品位を保ち、実践的な体育指導者等を目指して、学業及び競技力の向上に励むことをここに誓います」と入学者を代表して宣誓しました。

また、在学生を代表して、体育会会長安次嶺心さん(武道課程3年)が「今日から始まる大学生活は皆さんに自由と無限の可能性を与えてくれます。失敗を恐れずに自由を楽しんで新しいことに挑戦してください。皆さんには未来への期待を大きく抱き、自らの手で理想のキャンパスライフを実現させてほしいと思います。そして鹿屋体育大学で培った経験を生かして変化の時代をともに生き抜いていきましょう」と歓迎の言葉を述べました。

学長告辞全文(PDF)

(左)入学生宣誓を行った宮城さん(中央)松下学長(右)歓迎の辞を述べた安次嶺さん(左)入学生宣誓を行った宮城さん(中央)松下学長(右)歓迎の辞を述べた安次嶺さん

このたび、本学サッカー部所属の五十嵐理人さん(スポーツ総合課程4年)が、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の栃木SC(以下、栃木)へ2022シーズンより加入することが内定しました。また日本サッカー協会より「JFA・Jリーグ特別指定選手」として認定され、今シーズン、本学サッカー部に所属しながら栃木の公式戦にも出場可能となります。今後は大学で授業の履修やサッカー部での活動に加え、栃木の選手としての活動の2足の草鞋を履くことになります。

栃木県宇都宮市出身の五十嵐さんは力強さとスピードを兼ね備えたフォワードで、群馬県の前橋育英高等学校から本学へ入学、本学サッカー部では1年時より公式戦に出場し、昨年度は天皇杯3回戦進出、冬の大学の全国大会出場にも大きく貢献しました。個人としてもU19大学選抜に選ばれるなど、大学サッカー界を代表するプレイヤーです。

今回の加入について五十嵐さんは「この度、2022年シーズンから栃木SCに加入することになりました。幼い頃から夢見ていたプロサッカー選手のキャリアを、自分が生まれ育った町のクラブでスタート出来る事を大変うれしく光栄に思います。今まで支えてくださった全ての方々に感謝の気持ちを忘れず、栃木SCの勝利に貢献できるよう全力を尽くします」と抱負を述べました。また、「鹿屋体育大学サッカー部では、昨シーズン、いつもサポートや応援をしてくださる皆様のおかげで天皇杯3回戦進出、九州大学サッカーリーグ3位、全国大会出場という結果を残すことが出来ました。本当にありがとうございます。しかし、私たちはこの結果に満足はしていません。今シーズンは”日本一”という目標を掲げ、昨シーズンの結果を大きく超えていけるようチーム一丸となって全力で頑張ります。引き続き鹿屋体育大学サッカー部の応援よろしくお願い致します」と大学最後のシーズンに向けての決意も語ってくれました。

本学からのJリーガー輩出は五十嵐さんで43人目。また現在Jリーグでは五十嵐さんを含め16名の本学出身選手がプレーしています。

 

プロフィール

 

◇氏   名  五十嵐 理人(いがらし まさと)アスルクラロ沼津に加入が内定した伊藤龍生さん

◇出 身 校  前橋育英高等学校(群馬県)

◇ポジション  FW

◇加入クラブ  栃木SC(J2)

 

 

今年3月31日をもって定年退職されるスポーツ・武道実践科学系北川淳一教授の最終講義をビデオライブラリにて公開しました。

最終講義ビデオは下記URLよりご覧いただけます。
https://www.nifs-k.ac.jp/outline/summary/pr/video.html

また、北川教授へのインタビュー記事を公開しています。
鹿屋体育大学開講とともに36年 3月で定年退職を迎えた北川教授にインタビュー

鹿屋体育大学が開学して初めて学生を受け入れた1984年から教壇に立ち、体操競技部の礎を築いてこられた北川淳一教授が3月で定年退職を迎えました。北川教授は24歳のときに体操競技でモスクワオリンピックの日本代表メンバーに選ばれましたが、日本のボイコットで“幻のオリンピック選手”になりました。金メダル候補と期待されながら、出場することが叶わなかった悔しさをバネに代え、鹿屋体育大学で研究と後進の育成に36年の長きにわたり尽力された北川教授に話を伺いました。

―9歳から体操を始めたそうですね。

北川 1964年の東京五輪でともに体操の日本代表だった小野喬さんと妻の清子さんが設立した日本で最初のスポーツクラブが家の近所にでき、小児ぜん息を克服するためにオープン初日に母親に連れられて1番目に並んで会員第1号になりました。後に“ネコ”と呼ばれるほど着地が得意になったのは、そこにあったトランポリンで10年間体幹を鍛えたおかげだと思っています。

―小野喬さんとともに鹿屋体育大学に就任されました。

北川 日本のボイコットで1980年のモスクワオリンピックに出られなくなり、その翌年からカナダの大学に留学していました。当時はまだ日本に体育学のドクターコースがなかったのでカナダで取るつもりでいたのですが、師匠である小野喬さんから開学する鹿屋体育大学への誘いの国際電話がかかってきて、最初から携われるのであればやりがいもあると思って帰国を決意しました。

―体操競技部は部員1人からのスタートだったと聞いています。

北川 オリンピック選手を育てるつもりでいましたが、実際にはとても苦労しました。体操競技には1部と2部があって、2部の1番下から15年ぐらいかけて1部に上がって7位まで駆け上ったんですが、そこから上がれずスランプの時期もありました。2010年に2代目部長の松元正竹先生が定年退職されて部長を引き継ぎ、同年私の母校の順天堂大学から村田憲亮先生が来てくれました。村田先生は優秀で人間性も素晴らしく、昨年は全日本インカレ準優勝に導きました。私の後任はそろそろ卒業生にバトンを渡したいと思い、4月から鹿屋体育大学の卒業生が決まっています。

―教員生活で一番思い出に残っていることは?

北川 授業と課外活動以外で言えば、NIFSスポーツクラブを築き上げたことです。公開講座の体操教室からスタートし、現在は200人を超える子どもたちが参加しているNPO法人に成長しました。体操競技部では指導実習の一環として、全員がNIFSに参加しています。

―研究内容は「着地」でした。

北川 体操競技で優勝するには着地は実はすごく重要なんです。自分で体験して身体でわかっていたので、大学の教員になったときに今度は学問的に研究したいと思い、36年間さまざまな角度から検証を重ねてきました。

―モスクワオリンピックに出場していたら、また違った人生でしたね。

北川 身近で水泳の田口信教先生を見てきましたので、メダリストはこんなにも扱いが違うのかということを実感しました。オリンピックが近づくと、今でもマスコミから取材がくるので必ず思い出して4年に1度憂鬱になります。自分の中での決着はまだついていないのかもしれませんが、今が1番いいと思うようにしています。オリンピック選手がみんな大学の先生になれるわけではないので、鹿屋体育大学で36年間楽しく過ごせて良かったと思っています。

―今後の予定は?

北川 一昨年、鹿屋市吾平に息子と娘がアイランドスポーツクラブキタガワを設立しました。社長を務める息子に雇ってもらって、4月から指導者として全面的に動き出します。子どもたちの指導だけでなく、大人が病院に行かずに長生きできるよう健康寿命を延ばすお手伝いもできたらと思っています。私にとっては9のつく年齢が節目なので、69歳から再び体操で新たなチャレンジをするべく現在トレーニング中です。

―最後にメッセージをお願いします。

北川 最初の頃は鹿屋の知名度がなくて、そんな田舎の大学に誰が行くの?とよく言われました。でもやり方によってはマイナスイメージを払拭できるんです。競技にしても学問にしてもトップに立つのは夢じゃない。いろいろと工夫をして頑張りましょう!

(取材・文/西みやび)

プロフィール
きたがわ・じゅんいち。昭和30年9月25日生まれ。東京都出身。都立駒場高校から順天堂大学、同大学院卒業。主な競技成績は全日本インカレ個人総合優勝。アジア大会(タイ)種目別3種目優勝。ユニバーシアード(メキシコ)平行棒3位。中日カップ個人総合優勝。モスクワオリンピック日本代表選手ほか。1期生の学生を受け入れた昭和59年に鹿屋体育大学に赴任。体操競技部は部員1名から出発し、1992(平成4)年に1部昇格を実現させた。

(左)令和3年1月に撮影(右)体操競技部キャプテンの杉野正尭さんから花束贈呈
(左)令和3年1月に撮影(右)体操競技部キャプテンの杉野正尭さんから花束贈呈

【令和2年度北川杯】は北川先生も退官記念として参加され、 見事な演技を披露されました
毎年開催してきた、3種目の成長度を競う北川杯。
【令和2年度北川杯】は北川先生も退官記念として参加され、見事な演技を披露されました。
体操競技部全員で、北川先生のベストショットを撮るコンテストも開催しました。


最終講義ビデオを下記URLよりご覧いただけます。
https://www.nifs-k.ac.jp/outline/summary/pr/video.html

令和3年3月6日~8日に開催された日本フットボール学会18回大会において本学体育学研究科修士課程2年の小川稜さんが、若手研究者の中で優秀な研究発表者へ贈られる学会奨励賞を受賞しました。

今回の発表演題は「サッカーのゴールキーパーがシュートストップ時に行うポジショニングの特徴」で、ゴールキーパーとゴールキーパー経験の無いフィールドプレーヤーで比較することにより、ゴールキーパー特有のポジショニングの方略を明らかにすることを目的とし、スポーツパフォーマンス研究センターに設置されているZXY Sport Tracking System(カイロンヘイゴ社)を活用して研究が行われました。

本研究の結果、ゴールキーパーは相手がシュートを打つ前に、ボールとゴールの中心を結んだ線を意識しながら、シュートコースを狭くするように移動し、ボールとゴールの中心を結んだ線よりもニアサイドに寄った位置で事前ジャンプを行うことが明らかとなり、これはゴールキーパーが相手の得点を防ぐことができる可能性を高くする方略を考えるための知見となります。

小川さんは、昨年10月にもゴールキーパーのポジショニングに関する研究で他学会の賞を受賞しており、2年連続のうれしい学長報告となりました。受賞報告を受けた松下雅雄学長は「サッカーの競技力向上に貢献できるよう、数値的に示す研究をこれからも進めていってください」とさらなる活躍を期待する声をかけられました。小川さんは「受賞できると思っていなかったので、とてもうれしかったです。SP研究センターの世界的にも稀有な設備や機器等を使用できたことやサッカー部の皆の協力があって今回の受賞につながったと思います。ご支援をいただいた多くの方に感謝しています」と感謝の言葉を述べました。

松下学長と小川さん

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報について

このページの情報の見つけやすさについて