日本で唯一の国立体育大学

国立大学法人 鹿屋体育大学 KANOYA

Jリーグ京都サンガF.C.トップチームコーチ

嶋 将平さん

しま・しょうへい。1985年2月16日生まれ。奈良県立橿原高校出身。2007年3月、鹿屋体育大学卒業。奈良県保健体育教員。選手歴:高田FC、奈良クラブ。指導歴:奈良クラブジュニアコーチ、奈良クラブバモス監督、知的障がい者サッカー日本代表コーチ、奈良クラブ分析担当、バルサアカデミー奈良コーチ、いわてグルージャ盛岡コーチ、AC長野パルセイロコーチ、ファジアーノ岡山コーチ、京都サンガF.C.コーチ。

人生はひょんなことから選ぶ道が変わっていく。現在Jリーグ京都サンガF.C.のトップチームコーチとして活躍中の嶋将平さんは2007年の卒業生だが、まさかコーチの道を選ぶとは在学中は全く考えてもいなかったという。

鹿屋体育大学に行こうと決めた理由は2つ。一つは教員になりたいから、二つ目は、Jリーグのチームが1月2月にキャンプで鹿児島を訪れるので、あわよくば声がかかるかもしれないという期待からだった。確かに卒業後、愛媛FCや水戸フォリーフォックから練習生としての声がけがあり、トレーニングやトレーニングマッチに参加はしたものの最終的な入団はかなわなかった。郷里の奈良に戻って、じっくり腰を落ち着けて教員の道を選ぼうと思った矢先、一本の映画が嶋さんの道をグッと変えた。

友人に誘われて梅田に出かけて観たのは「プライドinブルー」というタイトルで、2006年にドイツで行われた知的障がい者のサッカーワールドカップに臨む日本選手のドキュメンタリー映画だった。「こんな世界もあるんだ!」。見終わった後、嶋さんの心が大きく揺さぶられていた。今まで考えもしなかった障がい者のスポーツにがぜん興味がわいてきたのだ。本格的に教員試験の準備を始め、常勤講師として中学や特別支援学校でも教壇に立ち、来るべき時に備えていた。

2011年に晴れて教員として採用が決まり、赴任先は希望通り高等養護学校となった。ここの生徒たちは比較的障がいが軽く、卒業後は社会に出て働く者が多い。そこには部活動もあった。サッカー部の顧問となって生徒たちに指導するだけではなく、さらに、卒業した選手たちのサッカーを続けたいという望みを叶えるべく、サッカーを続けられる組織作りも考えた。こうして嶋さんはバモス奈良フットボールクラブを2014年に立ち上げて、自ら監督となる。バモスというのはスペイン語で、さあ一緒にやろう!と言う意味だ。

ちょうどJリーグでもダイバーシティー&インクルージョンが叫ばれ、サッカーファミリーとして障がい者のチームをクラブに持つところが増え始めた時期でもあり、自ら作ったバモス奈良フットボールクラブを3年後には奈良クラブの組織に組み入れる。知的障がい者の日本代表キャンプにも参加するようになり、気づけば代表チームのコーチとしての活動が始まっていた。このきっかけを作ってくれたのは、鹿屋体育大学の先輩で、鹿児島で知的障がい者のサッカー指導をしている人だった。鹿屋体育大学の人の縁は濃い。

結局、教員は2017年までで区切りをつけ、嶋さんはコーチ業に専念することになる。2018年にはスウェーデンで行われた知的障がい者ワールドカップの日本代表コーチとして現地入りする。そこで見たものは、日本のサッカーとは全く違っていた。アルゼンチンは国の代表として健常者と同じ水色と白のストライプのチームウェアを着ている。アルゼンチンもサウジアラビアもプレーはまさに頭脳を使うフットボールだった。日本で考えられていた「知的障がいを持つ人の余暇活動」とは全く違っていた。

もっと自分自身がフットボールを学びたい。それが嶋さんの心の声だった。

同時に、自らJリーグのチームにリクルート活動を開始した。運よく、いわてグルージャ盛岡に採用され、続いてAC長野パルセイロ、ファジアーノ岡山を経て、2024年からは京都サンガF.C.のトップチームコーチに就任することとなる。

鹿屋体育大学在学中、サッカー部では大きなタイトルを得ることはできなかったが、振り返ると全国から集まってきた仲間と共に、温暖な気候の中で思いきり動き、食べ、飲み、そして自然に癒されてきた日々は充実の一言だったという。人と人のつながりを大切にし、自分の心の中に沸き上がる感情に素直に従って道を選ぶことができるのは、そうした環境で濃い時間を過ごしてきたことも影響しているのだろう。

鹿屋体育大学ではサッカー部での活動の他、川西正志教授のゼミで、Jリーグと高校の育成環境の差を研究したことも功を奏したようだ。教員として、中学生や知的障がい者を教えてきたことからも多くを学んできた。最も大切なことは「全てを受容すること」。選手たちに、「君のことをちゃんと見ているよ!」と伝えながら、背中を押してあげられるようなコーチになりたいと情熱を燃やす。情報過多な現代社会の中で、人と人のシンプルな関係性を体現したいという嶋さんは、今、指導の面白さにのめり込んでいるようだ。

(スポーツ文化ジャーナリスト 宮嶋泰子)

※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。