日本で唯一の国立体育大学

国立大学法人 鹿屋体育大学 KANOYA

伊佐市役所職員  

伊佐カヌークラブ創設者

植木 裕一郎さん

うえき・ゆういちろう。1978(昭和53)年3月9日、熊本県生まれ。1993年熊本県立球磨工業高校入学。1995年   世界ジュニア選手権カナディアンフォア500m5位入賞、国体及びインターハイでカナディアンシングル500m優勝。1996年4月、鹿屋体育大学入学。日本選手権 カナディアンペア500m優勝。オリンピック強化指定選手。2000年3月、鹿屋体育大学卒業。同年4月、大口市役所(現伊佐市役所)に入庁し、伊佐カヌークラブを創設した。

「私の人生はカヌーを軸として回っているんです」。そう話すのは2000年卒業の植木裕一郎さんだ。選手、指導者、大会役員等、カヌーに関することはすべて経験し、東京2020オリンピック・パラリンピックでは国際審判員として参加した。

カヌーと共に歩んできた植木さんがこだわっているもう一つが大学だ。「自分がこの大学は間違いないと勧めているのが鹿屋体育大学です。ですから長男が今4年生、長女が2年生に在学しています」。さらに4月になれば次男が入学してくることがすでに決まっている。

植木さんがカヌーと出会ったのは、熊本県人吉市にある球磨工業高校に入学してから。その年に、新任の教諭としてやってきたのがロサンゼルスオリンピックとソウルオリンピックのカヌー日本代表だった和泉博幸教諭(球磨工業高校・日本体育大学出身)だった。現役選手であったため、とにかくかっこよかった。その姿に憧れた。何か真剣に打ち込めるものが欲しいと、早速、カヌー部に入部した。そして、はまった。

実は球磨工業高校はカヌーの名門校で、1980年のモスクワオリンピックから3大会連続オリンピック代表で伝説的な強さを誇った井上清登選手をはじめ数々の名選手を生んでいる。カヌー一筋の高校生活、夢は和泉教諭が卒業した日本体育大学に進むことだった。

高校3年の年に山梨県の本栖湖で行われた世界ジュニア選手権では、植木さんも招集され、4人で漕ぐカナディアンフォア500mで5位に入賞。さらに国体やインターハイでもカナディアンシングル500mで優勝するまでになった。しかしここで思わぬ進路変更を強いられることになる。

ジュニア日本代表強化合宿での事、最速のカナディアンフォアメンバーを選ぶため、二人で漕ぐカナディアンペアで、どの組み合わせが最も速いかを繰り返し試された。植木さんと一年先輩の大園政伸さんとのペアは不思議と漕ぎ方の相性が合い、速かった。そこで日本代表監督から翌年の1996年アトランタオリンピックを目指してはどうかと勧められた。大園さんはすでに鹿屋体育大学の学生だったため、鹿屋体育大学を受験することを決意。鹿屋の読み方もわからず、「しかや? かや?」と首をかしげながら大学資料に目を通し、さらには鹿屋体育大学にはカヌー部がないことから、ローイング部の受験者と一緒にローイングエルゴマシーンを漕ぐ実技試験に臨むこととなった。ローイングはオールを使って後ろに進むが、カヌーはパドルを使って前に進むもので、同じ水上の競技でも全く異なるものだ。実技試験まで猛練習を行い、試験に合格して晴れて大園さんと一緒に練習ができることになった。

入学してまもなく、正式にオリンピック指定強化選手になると、大学1年で迎えたアトランタオリンピックへの挑戦は、残念ながらアジア最終予選で大園・植木組は補欠となり出場はかなわず、また、日本は出場枠の2位までに入ることができず、夢はついえた。

しかし、大園・植木コンビは順調に成長し、その年の10月の全日本選手権で優勝。これをきっかけにローイング部から独立して部員二人のカヌー部が創設された。顧問はTASSプロジェクトを率いていた倉田博教授が引き受けてくれた。TASSプロジェクトは大学学長裁定で組まれ、倉田博教授を中心に芝山秀太郎教授らが参画、JISSや日本カヌー連盟からもスタッフが集った。モーターボートに乗って伴走しながら、倉田教授自ら大きなビデオカメラで二人のカヌーとパドルの動きを撮影して分析をするこのプロジェクトは、二年にわたり続けられた。

1998年、大学3年の時に植木さんはハンガリーで行われた世界選手権に出場し、カナディアンシングル200m準決勝9位となり決勝には進めず、世界の強豪たちとの体格や技術の差をまざまざと感じることになる。しかしそれは至福の時間だったという。

大学4年では、柳敏晴教授のゼミに所属し、1964年の東京オリンピックを前にしてルーマニア人からカヌーの指導法を学び、1964年の東京オリンピック日本代表コーチで、人吉市カヌー協会創設者の米津午郎氏のコーチングについて徹底的に調べ上げ、卒業論文とした。

卒業後はカヌー選手としてオリンピックを夢見ながら、伊佐地域の真ん中を流れる川内川が市の中心を流れる川内川にほれ込み、大口(現在の伊佐)市役所に入庁。伊佐カヌークラブを作って現在まで子どもたちにカヌーの魅力を伝えている。これまでクラブで育った教え子たちの6人が鹿屋体育大学に進学している。

汗と涙と努力でやるカヌーではなく、楽しくて面白くて、いつの間にか強くなっている、そんなカヌーを目指して、今日も植木さんは川内川の川べりに立っている。

(スポーツ文化ジャーナリスト 宮嶋泰子)

※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。