笹子先生の写真

学会賞を受賞するたびに、学長訪問の記念写真で見せるくしゃくしゃの笑顔が魅力的な笹子悠歩先生。取材を終えて改めてカメラを向けると、実はとてもシャイなのだと気が付いた。青年海外協力隊時代のエピソードは行き当たりばったりで抱腹絶倒物語だが、数々の試練を乗り越えて笹子先生の今がある。多国語を話し何でも器用にこなすが、子どもの頃は勉強が大キライで英語も苦手だったとか。スイッチが入ったのは、柔道部を引退した高校3年生の夏休みから。それまでの空白の時間を埋め尽くすかのように研究への意欲は余念がなく、飛ぶ鳥を落とす勢いの将来が期待される若手研究者だ。

―研究内容をひと言で言うと?

笹子 キーワードは「海と山とトレーニング」の3つです。具体的に言うとヨットやウインドサーフィンなどセーリングに関する基礎研究およびセーリング選手のトレーニングに関する研究や、安全な登山の実施方法に関する研究、最近は青少年を対象とした野外教育の効果的なプログラムの開発に関する研究も行っています。

―22期生で卒業生ですが、鹿屋体育大学に進学しようと思ったのは?

笹子 もともとは中学か高校の保健体育の先生になりたいと思っていました。地元が千葉県館山市で海上自衛隊があるのですが、あるとき隣に鹿屋の自衛隊にいた人が引っ越してきて、母親が鹿屋にも国立の体育大があることを聞いてきたのです。母が佐賀県出身で九州には親近感があったのと、都会の生活は嫌だと思っていたので鹿屋への進学を決めました。

―柔道をしていて、大学は武道課程だったと聞いています。

笹子 ほかの体育大生のようにずっと同じ競技をやっていたわけではなく、小学校1~3年はテニス、小4~中学3年生までは野球をしていました。柔道は高校に入ってからです。地元では強豪の名門柔道部で、練習についていくのに必死で辛い高校時代を過ごしていたこともあり、大学ではウインドサーフィン部に入りました。海沿いの街で育ったので、憧れがありました。

―大学院の修士課程修了後に、青年海外協力隊に参加したそうですね。

笹子 心のどこかで、英語が話せる体育の先生になったらカッコいいと思っていたのだと思います。海外に行けば英語を話せるようになるんじゃないかという単純な発想から、語学留学するお金もなかったのでJICA(独立行政法人国際協力機構)に応募しました。自分の中では英語圏のフィジー辺りでサーフィンしながら過ごせたらと思っていたのですが、面接で希望した国以外でも受かったら行きますか?と聞かれて、「もちろん行きます!」と答えたところ、届いた合格通知を見たら「モロッコ(フランス語)」と書いてあって、モロッコ???って目が点になりました。あのときの衝撃は今でもハッキリ覚えています。モロッコの公用語はアラビア語で、第2言語がフランス語なんです。さらに自分が派遣されたところは北寄りのところだったので、スペイン語を話す人が多くてスペイン語も理解する必要があり、アラビア語はフランス語で習うので、ボンジュールぐらいしか知らなかったフランス語をマスターするしかない状況に追い込まれました。

―その後フランスにも留学されています。

笹子 フランス語をもっと本格的に学んで語学を生かした仕事に就きたいと思い、大学付属の語学学校で1年間勉強した後、JICAの青年海外協力隊を現地でお世話する企画調査員に応募して合格し、アフリカの西海岸に位置するセネガル共和国で2年間過ごしました。その時に農業や漁業、医療、教育といった分野で専門家として途上国で活躍している人たちとの出会いがあり、自分の専門って何だろう?と考えるようになりました。私の原点は体育・スポーツですので、大学院修士課程時代の指導教員だった山本正嘉先生に再びご指導を仰ぎ、専門だと言えるぐらいの知識を身に付けたいと思いJICAでの任期終了後に帰国して鹿屋体育大学の博士課程に進学しました。昨年4月に教員として採用されましたが、博士課程修了後すぐには採用がなく、本学の中村夏実先生、榮樂洋光先生に海洋スポーツセンターの特任助教としてチャンスをいただいたことが、今日につながったと感謝しております。

―ところで、笹子先生の趣味は?

笹子 登山とトレーニングで、山登りは趣味と研究を兼ねています。「体力の向上は、精神力をも強くする」とは、漫画『宇宙兄弟』の主人公・南波六太のセリフですが、最後に物を言うのはやはり体力だと思います。体力を鍛えれば精神力も鍛えられる、というのは私の持論ですが、常にベストの状態を保てるように今後もトレーニングは続けていきたいと思っております。

―これから受験を考える高校生にアドバイスがあれば。

笹子 鹿屋は鹿児島県の大隅半島にあるという立地的な問題があって、関東や関西に住んでいる高校生にしてみればどんなところか想像がつきにくいと思います。でも鹿屋には同じ境遇の学生がたくさん集まっていて、かわいい子には旅をさせろという言葉があるように、親元から遠く離れて生活することで成長できることはたくさんあると思います。私自身もそうでした。スポーツを通して最高の仲間にも会えるし、鹿屋を第二の故郷と思ってくれている卒業生がたくさんいます。学生が少ないミニ国立大学だからこそ、先生との距離が近い環境で学べるのも魅力です。もし迷っている高校生がいたら、1歩踏み出してほしいです。

―最後に今後の抱負をお願いします。

笹子 大学教員には「Publish or perish」という言葉があります。論文を書かなければ滅びるという意味ですが、研究をすることで知を深め、それを学生にフィードバックしていくという研究と教育の循環に努めていけたらと思っています。「学ぶことをやめたら、教えることをやめなければならない」とはサッカーの元フランス代表監督・ロジェ・ルメール氏の有名な言葉ですが、今後も学生とともに成長していきたいです。また、学部のゼミ、修士、博士と7年間ご指導いただいた恩師の山本正嘉先生が3月で定年退職されます。登山のスペシャリストでもある一流の研究者の山本先生から直接ご指導いただけたことは、本当に運がよかったと思っております。山本先生から受け継いだことを今度は自分が学生に伝える番であり、せっかく母校の教員になるチャンスをもらえたので、大学教員としてできる限りのことをやっていきたいと思います。

(取材・文/西 みやび)

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