日本で唯一の国立体育大学

国立大学法人 鹿屋体育大学 KANOYA

株式会社Rockin’Pool代表取締役

西川 隼矢さん

にしがわ・じゅんや。昭和57年〇月、香川県丸亀市生まれ。平成16年鹿屋体育大学体育学部体育・スポーツ課程卒業。200m自由形でアテネ五輪代表選考会に出場。香川県記録更新(10年間保持)。水泳のインストラクター、システムエンジニアを経て、平成22年からプール専門の水中フォトグラファーとして活動を始める。平成27年7月、株式会社Rockin’Poolを設立し、代表取締役に就任。

“「泳ぐだけがプールじゃない」コロナ禍に負けないアイディアマン”

コロナ拡大で縮小を余儀なくされた最たるもの、それがスポーツ業界だろう。その中で、飛ぶように売れたのがプールマスクマンと呼ばれるビニール製のマスク。水泳教室で水に浮かぶ子供たちとインストラクターの距離は近い。「何か口を覆うものが欲しい」という現場からの要望に応え、試行錯誤の末に作られたのがこのマスクだ。指導者が大きな声で呼びかけても、呼気の飛沫がプールの中で他の人に直接かからないのはもちろんのこと、これを着用したまま四泳法で泳いでもずれずにお手本を見せることができるという。ヤフーニュースやテレビの番組でも取り上げられ、今では大手のスポーツクラブの水泳インストラクターはほとんどといっていいほど着用している。その発明者が西川隼矢さんだ。

西川さんは鹿屋体育大学の水泳部ではアテネ五輪の金メダリスト柴田亜衣さんと同学年だった。西川さんは自分自身を「思っていることをすぐ口に出してしまうタイプで、コーチの指導におとなしく従う選手ではなかった」という。鹿屋のプールで鏡を見ながら自らの泳ぎをチェックして自分流の泳ぎを追求することが好きだったそうだ。

大学で印象に残っているのは田口信教教授の授業だった。田口教授はミュンヘンオリンピック平泳ぎで金メダルを獲得したことで知られているが、実は水泳の実力だけではなく、その後の人生でも多くのアイディアを花咲かせている。私自身、40年ほど前、大学ができて間もなくの頃、田口教授のアイディアで作られた低圧の流水プールや、光るペースメーカーを底につけたプールなどをニュース番組で取材をさせていただいたことがある。当時世界的に見てもこれだけの施設を持っていたのは鹿屋体育大学だけだったと思う。

田口教授は授業で、「特許を取りなさい。私はこんなものを作って特許を持っている」と披露されたという。それを聞いた西川さんは、「特許をとることはハードルが高いことではない、いつかは特許をとれるようになりたい」と強く思うようになったそうだ。田口教授の授業で、西川さんは自分のアイディアを形にしていくことの面白さを心に植え付けられたようだ。

西川さんは大学卒業後、スポーツクラブの水泳インストラクターを経験。もっと稼ぎたいと3年後にはシステムエンジニアの仕事をゼロから始め、その後脱サラをして自分の会社を設立。苦しい時はアルバイトを掛け持ちしながらも、あふれるプール愛を抑えきれず、様々なプールコンテンツのアイディアを実現化してきた。

プールを単なる泳ぐだけの場所にしておくのはコストパフォーマンスが悪すぎると考え、まず取り掛かったのが、プールに浮かべてエクササイズをするプールノというボードの製作と販売だ。水上で行うバランスボールエクササイズといったらわかりやすいだろうか。水の上で揺れるボードの上で行うエクササイズでインナーマッスルが鍛えられ、さらに童心に返って楽しめると好評で、今では多くのスポーツクラブに取り入れられている。バランスを崩しドボンと水の中に落ちる感覚は眠っていた子供時代の記憶を呼び覚ましてもくれるようだ。

さらには水中バーチャルリアリティーのエクササイズも始めた。水中で両手にはめたグローブを使ってバーチャルリアリティーで次々に出現する的を打ち砕くもので、水の抵抗もあってかなりの全身エクササイズになる。子供向けかと思いきや、なんとターゲットは中高年層という。

そのほかにもプール専門カメラマンとしての仕事もある。今では多くの広告のための画像づくりも引き受けている。見慣れていたはずの水の中の映像が、カメラで切り取った瞬間に見違えるようなアートになっていたり、子どもたちの水中での表情が見たことのないような笑顔だったりと、撮影しながら多くの発見をするという。

「香川県記録を引っ提げて鹿屋体育大学に入学し、見事に天狗の鼻を折られた」という西川さんだが、あふれるようなプール愛の持ち主で、「プールにより多くの人に来てもらい、楽しんでもらえる場所にすること」こそが、自分の仕事ときっぱり言い切る。競泳の記録や結果だけではない本当の水の楽しみを人々に知ってもらいたいとアイディアで勝負をするのも鹿屋体育大学で出会った人たちのおかげだ。

プールマスクマンで得た資金をもとに、さらに新アイディアでプール産業を大きくしていきたいと西川さんは夢を追う。

(スポーツ文化ジャーナリスト 宮嶋泰子)

※所属およびインタビュー内容は、取材当時のものです。